募集キャンペーン
全国からたくさんの応募をいただきありがとうございました。
ここでは遠鉄自動車学校賞を受賞した作品と最終選考9作品をご紹介いたします。
遠鉄自動車学校賞
くねくね道の先へ
エピソード
「ママ、顔が怖いよ!」
その声に苦笑いしながらも、私は必死でハンドルを握りしめていました。
初心者マークを付けた小さな中古車にキャンプ道具をぎっしり詰め込んで、私たちは山を目指しました。
父親のいない家庭で、日々の暮らしを回すだけで精一杯。でも、あなたたちには窮屈な日常の外側にある景色を見せてあげたかった。
助手席まで荷物が押し寄せ、肩を寄せ合うように座るあなたたちの姿を見て、私は「この子たちの未来も、私が守り抜く」と心に誓いました。
高速代を節約するために選んだ、延々と続く険しい峠道。
急なカーブのたびに鍋や食器がガタゴト鳴り、それを合図にあなたたちが「ママ、がんばれ!」と無邪気に囃し立てる。
不安でいっぱいだった私の心は、その賑やかな声にどれほど救われたことか。
お金はなかったけれど、窓から吸い込んだ山の空気と、くねくね道で揺られながら歌ったあの時間は、何物にも代えがたい私たちの財産です。
今、自分の道を歩んでいるあなたたちへ。
人生もあの峠道と同じ。平坦な道ばかりではないけれど、あの日みたいに笑い飛ばして進んでいってほしい。
お母さんを信じて、隣で笑っていてくれてありがとう。
感謝のメッセージ
あの日、必死にハンドルを握る私を「ママ、がんばれ!」と励ましてくれたあなたたちへ。
お留守番ばかりさせて、不甲斐なさに泣きたくなる夜もありました。
けれど、狭い車内で笑い合うあなたたちの声だけが、私を「母親」にしてくれました。
あのくねくね道の先で見た景色よりも、隣で笑うあなたたちの横顔こそが、私の人生の光でした。
私を信じてついてきてくれて、本当にありがとう。今度は私が、あなたたちの歩む道をずっと見守っているからね。
最終候補作品
特等席で見守ってくれた
母の魔法
エピソード
免許を取ったばかりの頃、私は運転が怖くて仕方がありませんでした。
狭い道でのすれ違いや合流のたびにハンドルを握る手が汗ばむ私を、母はいつも隣で穏やかに見守ってくれました。
「大丈夫、焦らなくていいよ」という母の言葉は、どんなカーナビの音声よりも私を安心させてくれる魔法のようでした。
ある日、車庫入れが上手くいかず半べそをかいていた私に、母は「私も最初はそうだったよ」と笑いながら、何度も誘導してくれましたね。
夕暮れ時、無事に駐車を終えて二人で車を降りたときの、あの達成感と安堵感は今でも忘れられません。
母とのドライブは、単なる移動の時間ではなく、私が少しずつ大人へと成長していくための大切な練習時間でした。
私の不慣れな運転に何度も付き合い、根気強く横に座り続けてくれた母の深い愛情を、車の窓から流れる景色と共に今も鮮明に思い出します。
感謝のメッセージ
お母さん、いつも私の隣で優しく見守ってくれてありがとう。
初心者の頃、下手な私の運転に文句ひとつ言わず付き合ってくれたこと、本当に感謝しています。
お母さんが隣にいてくれたから、今の私は自信を持ってハンドルを握ることができます。
これからは私がお母さんを素敵な場所にたくさん連れて行くね。安全運転で、また一緒に楽しいドライブに出かけよう!
毎週のお買い物
エピソード
子どもの頃、週末の楽しみといえば父の運転で向かう郊外の大型スーパーへの買い出しでした。
当時小さな私にとって、色々なお店が揃うスーパーはまるで遊園地のような場所でした。
洋服を眺めたり、本を買ってもらったり、ゲームセンターで遊んだり、みんなでフードコートで食べたり…と家族で過ごす時間は特別なひとときでした。
しかし、今思い返せば一番心に残っているのは、行き帰りの車内だったように思います。
家族の音楽プレーヤーをつなぎ、誰かがはまっている曲を聴きながら他愛もない話に花を咲かせる時間は、何にも代えがたい家族の絆を感じる瞬間でした。
一人暮らしの今は、お店に行かずとも家に届けてもらえる通販に頼りきりです。
ただたまに昔のように賑やかな車に揺られ、家族とワイワイ言いながらスーパーに向かったあの頃が恋しくなります。
いつか私も家族ができたときには、当時のような週末を過ごしてみたいと思います。
感謝のメッセージ
長い間、家族のために運転してくれてありがとう。
自分が会社員になり、働くようになって、平日の疲れが残っているはずの週末に運転してくれていたあなたのすごさが分かるようになりました。
疲れた顔を見せることなく、毎週末家族のために笑顔で運転してくれていたことが当たり前ではないことを感じます。改めて尊敬と感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも安全には気を付けて運転頑張ってね。
夕焼けと後部座席
エピソード
高校を卒業して一人暮らしをするために、地元を離れた日のことです。
新しい生活に不安と期待を抱きながら、後部座席に乗っていました。
引越しの準備で何回も通った高速道路で見た夕焼けがとても綺麗で、小さい頃いろいろな場所に連れて行ってくれてたことを思い出し、「もうこうやって一緒に車に乗って出かけることも少なくなるんだな。」と思ったらほろりと涙が零れました。
感謝のメッセージ
お母さん、お父さん、いつも支えてくれてありがとう。
小さい頃からいろいろな場所に連れて行ってくれて、いろいろな体験をさせてくれてありがとう。
私が免許を取ったら、今度は私が2人を後ろに乗せていろいろな場所に連れて行ってあげるね。
そしてもし私が結婚して子どもができたら家族みんなでドライブに行きたいな。
これからもたくさん迷惑かけると思うけど、よろしくお願いします。
三世代を繋いだ、
二十歳のハンドル
エピソード
息子の二十歳の誕生日。
私にとって忘れられない一日となりました。
免許を取ったばかりの息子が「俺が運転するよ」と言い、私は初めて彼の運転する車の助手席に座ったのです。
目的地は、一人暮らしをしている八十九歳の私の母の家でした。
かつて、私が幼い息子をチャイルドシートに乗せ、幾度となく通ったこの道を、今は大人の顔つきになった息子がハンドルを握り、真剣な眼差しで前を見つめて進んでいく。
その横顔を見ていると、頼もしさと共に、二十年という月日の重みが胸に込み上げました。
実家に到着し、息子の運転で現れた私たちを見た母は、驚きと喜びで顔を綻ばせました。
「まあ、立派になって……」と涙ぐむ母を前に、照れくさそうにしている息子の笑顔を見て、命のバトンが確実に繋がっていることを実感しました。
帰り道、夕日に照らされた車内で、息子がポツリと、「次はばあちゃんを温泉に連れて行こうか」、と言ってくれました。
二十歳の運転が、家族の新しい景色を開いてくれた、最高の誕生日でした。
感謝のメッセージ
二十歳の誕生日に、おばあちゃんの家につきあってくれてありがとう。
あなたの運転する車で、おばあちゃんに会いに行けたことは一生の思い出です。
赤ん坊だったあなたが、今では誰かを守るようにハンドルを握っている。その姿に、あなたの成長と優しさを強く感じました。
これからも安全運転を忘れずに、あなたの人生という道を切り拓いていってください。
また一緒に、おばあちゃんを驚かせに行こうね。
スイマーと睡魔
エピソード
フリーのスイミングインストラクターの私、1児の母も兼ねている。
何箇所か掛け持ちでコーチ業をしていた頃。車で群馬県内の西から東、南から北、移動が多く、さらに山間部に住む我が家は娘の学童のお迎えや習い事の送迎で1日に100キロ近く走り回る日もありました。
疲れていたせいもあり、時折、運転しながら睡魔が襲いかかり、娘も助手席で寝ているので、近くの公園に駐車し仮眠をすることもしばしば。
習い事へ送るも終わるまで車中で仮眠など。あまりにも睡魔と戦っているスイマー母ちゃんの姿を心配してくれたのか不安を感じたのか、まだ小学校低学年だった娘が粋なドッキリを車に仕掛けてくれた。
運転中、日差しが眩しいなぁと日除けを降ろすと、「ねむくなったら止めて寝るいそがないでゆっくり来てね」と大きな字で書いた張り紙が貼られていた。
居眠り運転をしないように仕掛けてくれたようだった。娘の優しい張り紙は今でもそのままにしてあります。
感謝のメッセージ
高校生になった娘
相変わらず学校への送迎、週末の駅への送迎と運転しまくってる母ちゃんに「いつもありがとう」と言ってくれました。
いえいえ、こちらこそありがとう。あの時の張り紙には本当に助けられました。あれから生活リズムを改めて、仕事も少し減らし睡魔を完全にやっつけたので、助手席のあなたから色んな話、女子トークが楽しめて今は大事な時間になってます。
ゆりかごドライブ
エピソード
まだあなたが赤ちゃんだったころ、車の後ろの席で、よくゆられていたね。泣きじゃくるあなたを寝かしつける車は、まるでゆりかごみたいでしたよ。あの時間、お母さんはドライブスルーのコーヒーをよく買っていました。あなたの寝顔を見ながら、コーヒーを飲む時間はそれはそれは幸せな時間だったんだ。
あなたが歩けるようになってからは、車で毎日お出かけして公園で遊ぶあなたを見守ったり、週末には遠くのテーマパークまでドライブしたり。
車があったから、毎日が少し自由で、安心で、楽しくなったね。
来年から小学生になっても、この車でまた親子の小さな冒険に出かけようね!
今度はもっともっと遠くに行ってみたいな!たくさん出かけようね、楽しみにしているよ。
感謝のメッセージ
毎日、お母さんとお父さんに笑顔を見せてくれてありがとう。あなたの笑顔が、私たちの喜びです。
あなたが生まれてくれたおかげで、二人だけでは行けなかった場所にもたくさん行けたよ。
小学生になったら、今度はもっともっと遠くに行ってみたいな。
たくさん出かけようね、楽しみにしているよ。
そして、お母さんとお父さんの知らない世界に運んでくれてありがとう。
車は、第二のお家
エピソード
「今日は車でタコさん公園に行こうか」
毎週末のドライブは、家族団欒の時間。車内では歌を歌ったり、おしゃべりをしたりして、目的地までの道中も楽しかった。
公園で思いきり遊んだ帰り道、私は疲れて車内でぐっすり眠ってしまう。そんな私を起こさないように、静かで慎重な運転だったことを、今になって思い出す。
ふと目を覚ますと、窓の外の光はキラキラした太陽から赤い夕焼けへと変わり、車内はぽわっと暖かい色に包まれていた。あの時間は、今でも優しい記憶として残っている。
雪で通行止めになり、家族で車中泊をしたこともあった。少し不安だったはずなのに、家族が一緒だったからか、不思議と安心できた。そんな車の中は、まるで第二のお家のような場所だった。
大人になり、自分が運転する側になって初めて、安全に運転することの大変さを知った。
だからこそ、ハンドルを握るたび、あの頃の車内の空気が、今も私の中に残っていることに気づく。
私にとって車は、単なる移動手段ではなく、家族と過ごした思い出がそっと残る、第二のお家なのだ。
感謝のメッセージ
お父さん、お母さん。
安全に、楽しくドライブすることが、実はとても大変なことだったのだと、大人になった今、身にしみて感じています。あの頃の楽しかった時間は、私の価値観の一部となり、今も記憶の中に残っています。たくさんの思い出をありがとう。
そして、もうすぐ私にも子どもが生まれます。今度は私たちが、お父さんとお母さんの役目を受け継ぐ番です。私が感じた楽しいお出かけの記憶を、子どもにも伝えていくね。
たぬき寝入り
エピソード
小さい頃、日帰りでお出かけをすると、帰りは夜遅くなることがありました。
車の中で寝てしまい、いつも布団まで運んでくれた父。
小学校に上がる頃には、家に着くことがわかっていてもたぬき寝入りをしていました。家に着くのが分かるのは、高速道路の路面に印字された「三三七拍子」をちょうどいいリズムで刻んでくれることで分かっていました。居眠り防止や速度超過防止の意味合いであった「三三七拍子」のリズムですが、今はありません。帰路で通る最寄りのインターチェンジの手前にありました。懐かしい響きです。
私には2人の妹がいます。父は車と布団を3往復して私たちを下ろしてくれていたことになります。
一番重い私を起こすことなく何も言わずに運んでくれました。長時間ドライブに私たちの遊びに付き合ってくれて、疲れていたと思います。
それでも安全に高速道路を運転してくれて、怖い思いをしたことは一度もありません。
感謝のメッセージ
長期休暇に1回は高速道路を使って遠出をしていました。
長時間の運転に遊びに、本当にお疲れ様でした。おまけに1日の終わりは布団まで運んでいただき、大変感謝をしております。
おかげで夢の世界から本当の夢の中へ一直線に向かうことができました。
もしも、「三三七拍子」のタイミングで起こされていたら、不機嫌全開のまま1日を終えていたことでしょう。
安全で心地よい眠りのまま家に辿り着けたこと、大変感謝をしております。
ばあちゃんのノロノロ運転
エピソード
お婆ちゃんはいつも運転している時、制限速度をしっかりと守っていた。
それは、遅れそうな時でもいつも通りノロノロとしかし丁寧に車運転をしていた。
僕は、そんなお婆ちゃんの運転姿を後部座席で見ていた。
お婆ちゃんは、至って冷静なほどハンドルを握り、右折や左折の状況にもモタモタせずにゆっくりな動作でハンドルを左右に傾けて車を動かしていた。
その姿は、お婆ちゃんが亡くなってもう8年も過ぎているのに、僕の脳裏に焼きついているほどくっきりと覚えている。
高校時代の時、母親が体調不良で家に閉じこもっていた際、いつもお婆ちゃんが僕の送り迎えをしてくれた。お婆ちゃんは毎日毎日、いつもの時間に出発して僕を送り、いつもの時間通りに公園の駐車場で僕の帰りを待ってくれて迎えに来てくれた。
それがどれほどすごいことなのか、高校生の僕には全くわからなかった。今だからこそ感謝が言えるが、昔は当たり前だと勘違いしていて非常に罰当たりなことをした。
お婆ちゃんのノロノロ運転は、僕の安心安全を守ることに繋がっていたんだなと今ふとココロに響いた気がする。
感謝のメッセージ
お婆ちゃんありがとう。
お婆ちゃんの運転ほど優しい感情になることは今でも起きていないよ。
お婆ちゃんがいたから、僕は高校に行けたし、お婆ちゃんの運転があったからこそ、僕は、勇気をもらえた気がしたよ。
お婆ちゃんほんとありがとう。
また墓参りの時、感謝伝えるね。


